初期仏教の話

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初期仏教のお話11 「四聖諦」とは? 

お釈迦さまは「四聖諦」を理解し悟りに至ったと伝えられています。「四聖諦」とは「生きることは苦しみ(四苦八苦)であり、苦しみの原因は渇望や煩悩である。その煩悩を滅するための道(「八聖道」)がある」ということです。
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初期仏教のお話10 「ジャイナ教」と「仏教」

「ジャイナ教」と「仏教」は、使い用語や教えなどの共通点も多く、同時代の「姉妹宗教」とみなされることがありました。「ジャイナ教」の開祖ニガンタ・ナータプッタとお釈迦さまは同時代の人であり、仏典にもしばしば「ジャイナ教」について批判的に言及されます。
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初期仏教のお話9 「苦行」とは?

お釈迦さまは、悟りに至る前、「苦行」を行っていました。経典には、「裸行」「便行」「草を食べる」「牛の糞を食べる」などたくさんの苦行が登場します。そして、「苦行」では悟りに至れないと、「苦行」を放棄しました。そして極端な苦しみのない修習により、成道しました。
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初期仏教のお話8 お釈迦さまの「四門出遊」と「出家」

お釈迦さまは「四門出遊」し、29歳にして初めて人の老いること、病を背負うこと、いつか亡くなることの運命を知りました。そして、妻子を残し、「出家」しました。すべてが史実かはわかりませんが、お釈迦さまの「出家」の動機にせまる大事なお話です。
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初期仏教のお話7 「バラモン」(婆羅門)と「シャモン」(沙門)

お釈迦さまは「シャモン」(沙門)の一人でした。主流派である「ヴェーダ」を土台とした勢力に対して、一般に「ヴェーダ」の権威を否定したといわれる「シャモン」ですが、仏典を読みますとお釈迦さまの教えは伝統的なものを土台に発展させたものであると考えられます。
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初期仏教のお話6 「水は生きているのか?」

古い仏典に、『ミリンダパンハ』というものがあります。仏教僧ナーガセーナとミリンダ王の対話集です。その中で、ミリンダ王は「水は生きているのか?」とナーガセーナへ問いました。古代の世界では、水は生きているのかいないのか、判然としない問題であったと思われます。
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初期仏教のお話5 「尼僧の詩」

古代インドの尼僧は、悲しみや喜びの詩(偈頌)を残しました。その中で、尼僧パターチャーラーは、子を亡くした女性に対し、「どこからか来て去っていっただけである」「来たときのように去っていった」と生き物の定めを説きました。
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初期仏教のお話4 「文字は使われていたのか?」

お釈迦さまがいた当時のインドでは、「文字」は使われていたのでしょうか。人々は読み書きしていたのでしょうか。仏教の経典には「アッカリカー」という文字遊びが登場します。庶民も、文字らしき記号などを生活の場で利用していたのではないでしょうか。
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初期仏教のお話3 「輪廻」(りんね)

インドの思想である、生命が前世の行いに応じて来世へ流転するという「輪廻(転生)」は、仏教にとっても大きな意味があります。お釈迦さまは、戒律を守り、修行し、学び、「輪廻」という苦しみから「解脱」「涅槃」へ至ることを説きました。
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初期仏教のお話2 「ヴェーダの宗教」

「ヴェーダ」とは、古代の聖仙が感得した言葉(天啓聖典)とされています。お釈迦さまもその影響の上で、思索を展開されたことでしょう。「ヴェーダ」には、日本の帝釈天のもとであるインドラや、裸の裸形者などの表現も登場します。
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